第14章 名前
けれど。
一人つぶやくも、後の祭り。彼女と会うことはもうないだろう。
折角名前が分かったのに。
僕は何を恐れていたんだろうか。
彼女が見せた表情がよみがえる。
一瞬目を見開いた後、その瞳は曇り、傷ついたように悲し気な顔をした。
覚えていてくれて、歩み寄ってくれた。
それなのに、それを自らの手で断ち切ってしまったのだ。
途端に後悔の念がどっと押し寄せてくる。
「はぁ……」
がっくりと肩を落とすと、先輩は間延びした声で付け加えた。
「ま、何だか知らないけどさ。同じ里の人間なら、いつかまた会う機会もあるんじゃないか?」
「そうでしょうか……。確かにあの人の名前は分かりましたし。…そうか、そうですね」
或いは、その時告げることが出来れば。
微かな希望が生まれ、僕はゆっくりと上体を起こした。一旦置いていた箸を取り、改めて冷め切った料理を食べ始める。
酒を飲み正面を向くと、カカシ先輩がニヤニヤと目を細めていた。
「あの人…。へぇ」
余計な勘ぐりを避けたくて、机の上の料理を急いで平らげる。代金を多めに置いて、僕は立ち上がった。
「カカシ先輩。すみませんが、僕はこれで」
足早に立ち去ると、すれ違う二人が先輩に声を掛けていた。
「おう。何だカカシじゃねーか」
「あら、一人なの?相席いいかしら。来てみたけど、他に席が空いてなくて」
恋人同士のような二人組だ。
それを横目でちらりと見る。
「どーぞ。連れが今帰ったところ」
後ろで始まる会話を耳にしながら、僕はまだまだ賑わう店から外に出た。
通りから夜空を見上げると、星が瞬いていた。
雲は見えない。
(明日は晴れそうだ)
僕は跳躍し、店舗の屋根に降り立った。そして、そのまま屋根伝いに帰路を急いだ。