第14章 名前
明日の任務に思いを巡らせていると、カカシ先輩がいつの間にか頬杖をついてこちらを見ていた。
「お前、一体何に悩んでんの?」
「え?」
「任務のことかと思ってたけど、違うみたいだな」
脇に除けていた事柄がまた頭をよぎる。
正直忘れたままでいたかったと、今日何度目かの溜息が漏れた。僕は仕方なく口を開いた。
「名前を…」
「名前?」
*
カカシ先輩と会う一刻ほど前のことだ。
夕刻に文具店に立ち寄り、その後八百屋に足を運んだ。しばらく家を空けるのもあり、簡単に腹を満たせるようにと果物を買った。
その時、彼女が姿を現したのだ。
少し恥じらいながら、それでも真っ直ぐに僕を見ていた。両手に野菜というのが以前会った時の様子と重なる。
文具店で会った、あの明るい女性だった。
*
口を開いたものの、その時のことをどう説明したらよいか迷っていた。
里で出会った人に自分の名前を明かすかどうか、という程度の話なのだ。
僕は名を問われた折、はぐらかしたり、偽名を使うことが多かった。もちろん正直に伝えることもあり、時と場合により使い分けている。名を知られない方がよいとの判断から、そうしていた。
だが、暗部出身だと言ってもカカシ先輩は別で、暗部に身を寄せる前から名前を知られている。本名で活動しているのは彼くらいだろう。
他の暗部の面々は、コードネームを使用する者もおり、仲間といえど未だ名を知らない者もいる。
「里の人に名前を聞かれまして…」
「それで?」
「伝えようか迷って」
「ふーん」
「結局、告げずに立ち去りました」
「それだけ?」
料理をつつきながら、たどたどしく悩みを打ち明ける。俯いていた顔を上げると、先輩は冷ややかな視線で僕を眺めていた。
「別に言えばいいんじゃない?」
「そう言いますけど」
僕には名前が二つある。幼い頃のコードネームと今の通称だ。両親を知らないため、本名も分からない。
「以前、甲(きのえ)という名前でしたが、今はテンゾウと名乗ってますって?明らかに怪しいですよね、それ」
「そうは言ってないでしょ」
生真面目にそう言うと、先輩は笑った。
「テンゾウだけでいいだろ。そもそも、何でそんなに正確に伝えようとしてんの」
指摘され、妙に真剣に考えている自分に気付く。
「そうか…。確かにそうですね」