第13章 視線の先
文具店を出ると、もう日が落ちていて辺りは薄暗くなっていた。食材を買い足しておこうと思い立ち、八百屋がある商店街へと向かう。
魚屋、肉屋と食材店が並ぶ通りを急ぐ。八百屋は閉店時間が近づいていたからだ。
私は、まだ開いている店先を確認して駆け込んだ。ホウレン草に南瓜、いくつか今日の内に、買っておきたいものがあった。
並ぶ野菜を手に、女将さんに声を掛けようと店内を見渡した。
「あ!」
思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。今日はこればかりだと苦笑した。
視線の先には、探していたあの人。
一つのりんごを手にして、女将さんと話している。白いシャツに黒いパンツ。足元は黒いスニーカー。
彼は私の視線に気が付いて、こちらに振り向いた。驚いた表情をした後、軽く会釈をする。もしかして、覚えていてくれたのかもと、淡い期待でドキッとした。
「あれ?もしかして…」
彼は購入した果物を持って、こちらに近付いてきた。ドキドキしながら、私が手にしているのは南瓜である。
「あ、あの…覚えてます?そこの文具店で会ったこと」
期待感で、まるで少女みたいに少し声が上ずる。
「ええ、もちろんですよ。僕、押しつけがましくノートを勧めましたしね」
彼はそう言って、穏やかに笑った。
(…あ、笑った)
そんな些細なことに私は喜び、言葉を返した。
「いえ、そんな。あのノート、今も活躍してます」
「それは良かった。僕はやっぱりこれがしっくりくるんで、今日また買い足しましたよ」
彼のもう片方の手には、文具店の包装紙に包まれた手荷物があった。
「貴女もですか?」
「え?」
「その紙袋。あの店のですよね」
彼は私の片手を指差して言った。
「ああ、これ。はい、授業で使う巻物の用紙を買い足していて」
「へえ。授業…何か勉強でも?」
「あ、ああ。私、教師をしてまして」
彼は一瞬思案気な顔をした。
「アカデミー、ですか?」
「ええ、そうです」
「なるほど」