第13章 視線の先
イルカ先生をその場で見送った後、私は文具店を振り返り店内を覗き込んだ。しかし先ほど見かけた姿はもうなく、少しばかりがっかりした。折角イルカ先生が気を利かせてくれたのに。
目の端に入ったあの人は、白いシャツに黒いパンツを履いていた。商品棚に目をやり、何かを手に取っていたから、ひょっとしてあのノートだろうかとふと思った。どうにも気になってしまい、私は店内に足を踏み入れた。
店内を見渡したが、女性客が一人いるばかりで他にはお客はいなかった。うろうろと探している内に、はっと我に返る。これでは確実に捜し人ではないか。
(私、どうしたんだろう)
(一回言葉を交わしただけの人なのに)
何故?
彼のふとした振る舞いや、穏やかな微笑みが印象に残っている。イルカ先生に鬼気迫る、なんて表現をされるくらいだから、余程必死だったんだろう。
(もしかして、一目惚れ?)
そんなこと、自分の人生の中で起こるなんて思いもしなかった。
*
まさかとは思いつつも、自覚したら気持ちは落ち着いた。残念ながら、話すことは叶わなかったけれど、常連客というのが本当だとわかり安心する。
(あ、そうだ。携帯用の巻物を買っておかないと)
必要なものを思い出して、私は一先ず買い物をすることにした。
真っさらな紙の数本の巻物を手に、カウンターへと向かう。カウンターには、このお店の店主である男性が座っていた。
「ああ、ナズナ先生。いらっしゃい」
「こんにちは。これを買います。今いいですか?」
彼は出納簿に記入をしていたから、私は確認を取った。眼鏡を指で押し上げて彼は頷いた。
「いいよ。一区切りついたところだから。巻物の用紙、五本分だね」
年配だが記憶力の良い人で、探し物があると大抵この人に聞く。よく話しかけるせいか、私が教師をしていることも知られていた。
料金を支払い、商品を受けとった。
「いつもありがとうね。先生は一番の常連さんだよ」
「こちらこそ、あれこれ聞いてすみません」
(…そうだ!)
会話の中出てきた「常連」という言葉に反応し、私はあの人のことを聞いてみようと考えた。もしかして、私の他にいる常連さんについて、彼は何か知っているかもしれない。