第11章 風の噂
話が一区切りついたところで、僕は手に持っていた資料を彼に差し出した。彼がすっと片手で受け取る。
「これ、例の尋問の進捗状況です。どうにも口を割らないらしくて……。仕方なく山中家の方に依頼しました。多分近いうちには、原因が明らかに」
「そうか。あの術に抗うのは難しい。時間の問題か」
「ええ。この任務も目処が立ちそうです。これで、やっと肩の荷がおりますよ」
カカシ先輩に任された一件だ。いつまでも終わらない、という事態だけは避けたかった。
「ああ。カカシさんにも、報告できるしな」
「いつまでも頼り切り、という訳にはいきませんからね」
「お前は十分成果を上げてるだろ?班の隊長になる機会が多いじゃないか」
幸か不幸か、僕は潜入捜査や追跡に適した能力を持っていた。その為最近は、数人で組まれた班の隊長として、任務に赴くことが増えている。
「はは。僕なんて…まだまだです。カカシ先輩には遠く及びませんから」
「そうか?相変わらず謙虚なこって。尊敬する先輩って、そんなもんかね」
彼はそう言ってから、肩をすくめた。僕はカカシ先輩を立てるのが癖になっているらしく、たまに年上の仲間に揶揄(からか)われることがある。
彼はふっと笑い、書類片手に踵(きびす)を返した。
「じゃあ、またな」
「ええ。確認よろしくお願いします」
パタリと扉を閉める音が暗い室内に響いた。
*
室内には他に誰も居なかった。待機所と言っても、多忙な同僚たちをここで見かけることは少ない。
僕は、備え付けの長椅子にゆっくりと腰掛けた。仮面をずらして軽く息を吐く。
(そうか。先輩にも、とうとう教え子が……)
あの飄々(ひょうひょう)とした彼が、子どもたちを従えて歩く姿を想像したら、笑いが込み上げてきた。俯いて一人笑う。
(明日は非番か)
稀(まれ)にある、何もない日を喜ぶ。
明日は、里の賑わいに紛れてみようかと考える。誰かとどこかで会えるかもしれない、という微かな期待が胸をよぎった。