第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
何もかも懐かしいと感じたあの日の夜。
日付が変わるのを待って、顔も思い出せない誰かのためにハッピーバースデーの歌を歌っていたら涙が出た。
確かにあの日は誰かの誕生日で、私にはそれが誰なのかわからなかった。
ためしに『私の近くで誕生日の人って居る?』って家族に聞いてみたけれど、交友関係、好きな歌手や俳優も含めてみつからず、未だに気持ちがスッキリしていない。
こうしてトラベルガイドを見ている今でも、あれは誰の誕生日だったのかと頭のすみで考えていたりもする。
父「京都か、いいもんだな。知恩院に行ったら画像送ってくれよ」
「はいはい」
姉「あんたさ、この間買ってきた梅干しと日本酒は置いて行きなさいよ。
あんなの京都でも買えるんだから」
「はーい」
旅行に持っていくものを買いに行ったはずなのに何故か梅干しやら普段飲まない日本酒を買ってしまい、お姉ちゃんに『あんた海外に行くの?』とからかわれたのは数日前だ。
自分でもどうして梅干しや日本酒を買ったのか不思議で、あとは鼻息までスースーしそうな辛口のガムやちょっとした珍味まで、どれもこれも普段の私が買わないものばかり。
しかも自分で口にしたくて買ったのではなく、誰かにお土産を用意する時の感覚であれもこれもと手を出してしまった。
しまいにはこれどうするの?と『明らかに持っていても意味のないもの』まで買ってしまったのだ。
それらの品々を見ていると心満たされる感じがして、お姉ちゃんには返事をしたけれど、実は旅行用かばんにしっかり収めていた。
調子のいいことを言う父親や姉を軽くいなしてページをめくっていると、テレビから新幹線の運転見合わせのニュースが流れてきた。
『本日14時に◇×で発生した停電により、〇〇新幹線が最寄りの駅で乗客を降ろし、バスを手配するなど対応に追われています。復旧には時間がかかるとみられ……』
「え!?」
〇〇新幹線は明日私が乗る新幹線だ。
京都旅行は明日に迫り、やっと無事に行けると安心していたのに、またトラブル発生だ。
トラベルガイドを閉じてTV画面にくぎ付けになった。