第60章 初めての宴
「…え……、」
菫は慌てて袖から手を離したが、そんな行動には何の意味もない。
杏「君は引き留めていたんじゃない。こうしたい欲を抑えている俺を煽っていただけだ。」
「……………………。」
菫の心の底には未だに『杏寿郎は二つも歳下だ』という意識が残っていた。
敬い、慕い、付いて行く対象として見つつも、どこかで『十九歳になって漸く身長の伸びが止まったわ。』だとか、『二十歳となればもう立派な大人ね。』と、まるで弟に抱くような感情を抱く瞬間があったのだ。
それでも杏寿郎は時偶そんな歳上の余裕を完全に奪ってしまう。
今がまさにそうであった。
杏「君はこうされて逃げる術があるか。もしあるのなら好きなだけ煽ってくれ。だが、ないのなら…、」
そう言うと杏寿郎は屈み、弱いと知っている筈の菫の耳を叱るように甘く噛んだ。
「…ッ」
杏「もう困る事をするんじゃない。」
そう言って杏寿郎が噛んだ場所を唇でそっと撫でると菫はビクッと肩を跳ねさせる。
杏「返事は。」
杏寿郎は少し身を起こして赤い菫の顔を覗き込んだ。
菫は眉尻を垂らして瞳を揺らしている。
その姿はとても歳上には見えなかった。
杏寿郎はその姿に心が満たされるのを感じた。