第59章 それぞれの
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杏「父上!此処で剣術道場を開いてみては如何でしょう!!」
一方、杏寿郎の方は初めの一週間で親戚への報告を済ませ、今は家族三人で穏やかな時間を過ごしていた。
槇「…お前、警察に入るんじゃないのか。」
居間で千寿郎の茶を飲んでいた槇寿郎の言葉に、杏寿郎は微笑みを浮かべて座りながら少し首を傾げる。
杏「重國さんがそうだからですか。」
槇「ああ。誘われているんだろう。」
杏寿郎はそう言われると茶をすぐに用意してくれた千寿郎の頭を撫で、湯呑みに視線を落とした。
杏「考えなかった訳ではありません。鬼殺隊の仲間の中にも、剣術の心得がある故に警察の道へ進んだ者は何人もいます。ですが…、」
杏寿郎は重國がいるからこそ警察の道へ入りづらく思っていた。
確実に望まぬ待遇を受けるからだ。
そんな物は気にせず自身のやり方で周りに結果を示していけば良いのだろうが、考えているうちに『その様なしがらみの中で働くよりも、菫の近くで働けたらどんなに良いだろうか。』と思うようになってしまった。
杏「菫の側に居たいのです。」
心の内に留めておこうと思った方の考えを口にしてしまい、杏寿郎はきゅっと口角を上げたまま固まった。
槇寿郎も余りにも意外な事を言われて少し固まった後、小さく『そうか。』とだけ返した。
千(本当に仲がいいんだな…。僕ももっと仲良くなりたい…。)
千寿郎は兄の珍しい様子を見ながらこっそりと微笑んだ。
そうして煉獄一家が穏やかに過ごしているとあっという間に一週間が経ち、菫の過去は綺麗に精算されたのだった。