第59章 それぞれの
「……はい。楽しみにしています。」
杏寿郎は菫の声色に芯が戻ったのを確認すると少し肩の力を抜いた。
そして、ぎゅっと一度強く抱き締めてから再び体を離す。
杏「うむ!では楽しい話をしよう!」
杏寿郎はそう言うとにこっと笑った。
菫は少し首を傾げる。
「…はい。先程、久し振りにおもちさんを見掛けました。」
杏「うむ!君が可愛がっていた近所の猫だな!」
杏寿郎は菫の頭を撫でるとその話題を終わらせた。
杏「蝶屋敷で何度か手を繋いで寝たろう。婚姻前にそのような事をしたとは大きな声で言えないが、俺はとても幸せだった。夫婦になってからもしてくれるだろうか!」
菫は快諾しようとしたが、口を開いたところで固まった。
そして、今はまだ夫婦でないが故にそれで留まっているのだと思い出すと『では、夫婦になったのならそれだけで済むのか』と思い至って顔をぼっと赤くさせてしまった。
杏「…………。」
杏寿郎も遅れてそれに思い至り顔を赤らめた。
杏「………宇髄に色々と聞いておくが、あまり期待はしないでくれ。」
杏寿郎が珍しく気弱な事を言うと、菫は思わず口元を押さえてくすくすと笑いだした。
それを見た杏寿郎は耳まで赤くして菫の頬を優しく摘む。
杏「ここで笑った事、俺は忘れないぞ。」
そう眉を寄せられても迫力がない。
菫はそんな愛おしい顔に手を伸ばして優しく頬を撫でた。
「では、後悔させて下さいませ。」
ただ優しい声を聞くと杏寿郎は毒気を抜かれ、恥などどうでも良くなってしまった。
そして、『うむ!覚悟していてくれ!』と笑ったのだった。