第59章 それぞれの
それから二人はなんとなく屋敷を見て回った。
その順番は屋敷に来たばかりの菫に教えた時の順番と同じであった。
そして、とうとう荷造りを始めた。
(……仕方ないけれど、寂しく感じる。此処は私の帰る場所になっていたんだ…。)
自室にあった少ない荷物はすぐに纏まってしまった。
『もっと荷物を増やしておけばよかったかしら。』なんて思いながら炊事場へ向かう。
(…初めて来た時は煤だらけだった。杏寿郎さんがボヤを起こしてしまったから…。)
菫は以前にも荷物を纏めた事がある。
杏寿郎に好意を持たれていると勘付いて距離を置こうとした時だ。
しかし、その時は炊事場の荷物を纏めている途中で杏寿郎が止めに来た。
(でも…、)
勿論、今回は止めに来ない。
菫は傷薬を作っていた鍋に触れると、それを手に取らずに戸棚を閉めた。
こんな事をしても意味はないのに、此処が自分の居場所でなくなるのが寂しくて仕方なく、それを纏め忘れた事にしようとしたのだ。