第55章 柱稽古
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杏「菫、先程は許可も取らずにすまなかった。」
炊事場で大量の食器を洗っていると、眉尻を少し下げた杏寿郎が入って来た。
菫は手を止め、手拭いに手を伸ばす。
「いえ…、正しいご判断だったと思うわ。私の為にもなりますし、杏寿郎さんもご指導の方に集中できるでしょう?」
菫は敢えて言葉を崩し、柔らかい声音でそう言った。
するとその気持ちを有難く思った杏寿郎は眉尻を下げたまま微笑んだ。
杏「そう言ってくれると救われる。」
そう言いながら菫に近付き、入り口をちらりと確認してから菫をしっかり抱き寄せる。
「杏寿郎さん…。」
杏「今は許してくれ。これからはもっと二人切りの時間がなくなる。触れられる時に触れておきたい。」
菫は杏寿郎の低く掠れた声に黙ったまま頷くと、しっかりと抱き締め返したのだった。