第36章 変化
「…少し左を向いて下さい。」
杏寿郎は菫が怒っているのを感じながらも、黙って大人しく左を向いた。
菫は杏寿郎の右頬に優しく薬を塗り、更に布にも薄く塗ると丁寧に貼った。
杏「出来ただろうか。」
静かな杏寿郎の声は感情が読みにくかった。
それでも菫は杏寿郎が早く部屋から出たがっているのを感じ、膝を進めて引き留めるように杏寿郎を抱き寄せた。
杏「…………………………。」
「傷を付けられても、他人にお父様を悪く思われるのは嫌なのですね。」
自身の嫌悪に近い怒りを感じ取られたのだと察した菫は謝るように腕に力を込める。
杏寿郎は少し固まった後、眉尻を下げて小さく微笑んだ。
杏「恐らく父上はただ俺の身を案じてくださっているだけなんだ。それでも俺が鬼殺隊を辞めないから関係が拗れてしまっている。どちらも譲れない。仕方が無い事だ。」
菫は相槌を打たず、ただ言葉を促すように杏寿郎の髪を優しく撫でた。
杏「父上は母上を亡くされてから酒に溺れるようになった。母上の事を本当に大事に思っていたからこその結果だ。なのでやはり、仕方が無い。」
言葉を切れば髪を撫でる音しか聞こえない。
杏(……………………………………。)
杏寿郎はそれに気が付くと肩の力を抜いた。
杏「……だが、俺が二十歳になったなら、一緒に楽しく酒を飲みたい。」
菫はやっと杏寿郎の気持ちを聞けた気がした。