第34章 詰められない距離
杏(彼女の事だからもう起きてしまっているのだろう。昼に帰ると言うべきだっただろうか。)
そう思うと杏寿郎は一秒でも早く帰りたくなって駆ける足に力を込めた。
―――
「!」
菫はみるみるうちに大きくなる鮮やかな影を見つけると、箒を持ったまま姿勢を正した。
「お帰りなさいませ。」
杏寿郎は、そう頭を下げる菫の真ん前までザーッと足を滑らせ、駆けてきた勢いを殺した。
杏「うむ!只今帰った!!」
良い笑顔の杏寿郎の額には汗が浮かんでいる。
菫は急いで帰ってきたのだと察し、小さく微笑んだ。
「すぐにお風呂へお入り下さいませ。汗で体が冷えてしまいます。」
そう言うと中へ入るよう杏寿郎を促した。
杏寿郎は湯に浸かるとふーっと深く息を吐いた。
この三ヶ月間、杏寿郎の方は重國や蓮華、晴美と会って着実に外堀を埋めていた。
しかし、菫の状態を知ってからは肝心の本人にアプローチ出来ずにいる。
杏(口説いてはならないとは何とももどかしいな。)
それでも菫が時たま赤い顔を見せるから耐えられた。
しかし、永遠に耐えられる訳ではない。
鬼を斬らなければ始まらないのだ。
杏(乙の隊士にも斬れなかった鬼だ。もしかすると…、)
杏寿郎の大きな目がすぅっと細くなる。
杏(十二鬼月かもしれないな。)