第30章 三人の新人
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杏「只今帰った!!!」
いつもより若干力んだ声が屋敷に響いた。
菫はその日も急いで玄関へと向かった。
そして――、
蜜「わ…綺麗な人……素敵だわ……。」
杏寿郎が背負っている蜜璃を認めるとすぐに頭を下げた。
「炎柱様、お帰りなさいませ。恋柱様、初めまして。此方で働かせて頂いております、清水菫と申します。御用がお有りでしたら遠慮なく仰って下さいませ。」
菫は元継子である蜜璃の前で杏寿郎に気安くする事がいけない事のように思え、杏寿郎を昔の呼び名で呼んだ。
一方、蜜璃は菫の距離のある呼び方と無表情に思わず杏寿郎の後頭部を見つめた。
道中聞いていた『随分と雰囲気も表情も柔らかくなった』という話と少し違ったように思えたからだ。
その視線を肌で感じた杏寿郎は口角だけを上げる。
杏「菫さん、そんなに畏まらなくて良い。俺の事もいつも通り名前で呼んでくれ。急に連れてきてすまない。甘露寺が腹を空かせて動けなくなってしまったんだ。」
菫はそれを聞くと目を大きく開いて顔を上げた。
「お食事なら出来ております!すぐ配膳致しますので居間へどうぞ!」
蜜「あ、ありがとうございます…!」
杏寿郎は滅多に廊下を走らない菫が小走りで炊事場へ向かった姿を見て微笑みながら目を細めた。
前回はすぐに天元の体格を見て杏寿郎のご飯の量が多く減るのではと懸念していた。
しかし、今回は緊急の理由があったとはいえ、杏寿郎のご飯の量について失念しているように見えた。
杏寿郎は自身を差し置いて蜜璃がもてなす対象になっている事を好ましく思ったのだ。
杏(…今は俺も身内だという感覚があるのだろう。この延長線上に俺が求める関係があるのではないだろうか。)
そう思うと蜜璃を背負ったまま玄関を上がり、居間を目指した。