第22章 認めた感情
杏(…駄目だ。認める訳にはいかない。認めても未来が無い。愛してしまえば手から離れた時にどうなるか、俺はよく知っているだろう。)
杏寿郎は母に覆い被さって動けなくなってしまった父を思い出し、ベッドへ戻ろうとした。
しかし――、
「圭太さんが聞きたいと仰ったから特別に話したの。それなのに変な解釈をされるなんて心外です。」
菫が男の下の名を呼び、少しだけだが敬語を崩した。
ゆっくりと戻した視線の先で男が菫の頬を摘み、『良いから落ち着け。』と言った後、今度は可笑しそうに笑って頭を撫でた。
杏「…………………………。」
杏寿郎は目を逸らすのを忘れて口を薄く開けた。
杏(―――これは、嫉妬だ。)
下の名で呼ぶ事を許され、体にも触れている。
杏寿郎は勿論それ等にも心乱されたが、何よりもそれを受け入れている菫の無防備な雰囲気に強い衝撃を受けていた。
杏(俺はあの男に嫉妬している。)
もう一度心の中で呟く。
拒み続けていた感情は、一度認めると心に染み込んで取り返しがつかなくなった。