第21章 右腕の代わり
「…私では頼りないでしょうか。」
許せば風呂の中まで付いてくるのではと思い至った杏寿郎は、口角だけを上げたまま菫を見つめ返した。
杏「困ったら声を掛けるので待っていてくれないか。必ず頼ると約束する。」
菫は少し眉を寄せて咄嗟に口を開いたが、反論は出来ずに固まった後、口を閉じて頷いたのだった。
しかし、言葉では反抗しなかったものの、菫はひたすら杏寿郎にくっついて回った。
流石に風呂へ行けば『此処からは入らないでくれ!』と命じられた脱衣所の前で立ったまま大人しく待ったが、食事の際には懸命に匙で杏寿郎の口に食事を運んだ。
杏寿郎は有り難く思いつつも、それが何とも耐え難くて何度も断ろうと思った。
匙を使えば左手でも十分食べられる。
しかし、菫の懸命な顔を見る度に言い損ねてしまったのだった。
し「清水さんのお世話は如何ですか。」
日が昇ろうとした頃、部屋へ様子を見に来たしのぶは左腕を顔の上に乗せて横たわる杏寿郎に声を掛けた。
菫は朝餉作りの為、漸く杏寿郎の側を離れたところだった。
杏「…彼女が俺を男として見ていない事がよく伝わってきた。」
杏寿郎の参った様なとても珍しい声に、しのぶは同情した表情を浮かべた。