第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
泣いていたら放っておけねェ。抱きしめるなんてできっこねぇのになァ。それでも一人で泣かせたくねぇんだ。
俺はまた明日もあの桜の咲く場所へ足を向けちまうだろう。
笑われようが、からかわれようが関係ねェ。
どんなに俺があいつの前に姿を見せたって、はなはお前の帰りを何より待ってる。さっさと帰ってやってくれ。
毎日桜がまだ咲いているか見に来るあいつが気の毒じゃねぇか。
それに見てみろ。草履だって足場の悪い道を歩いてくるからぼろぼろだ。
***
明くる日は生憎の雨だった。傘をさして着物の裾を濡らしながらも桜の元へ向かうはなを今日も遠くから見守る。
髪から雫が伝って何度も跳ね返ってくる。
俺は隊服を着ているから寒さを凌げるが、雨の中佇む身体は冷え切っているだろう。
煉獄はいつになったら来るんだ。早くしねぇと俺が…。
「不死川!」
あと寸刻遅けりゃ、俺は取り返しのつかないことしていたかもしれないと思うと、背中に受けた声に酷く安堵した。
「やっときたかよォ! おせぇ!!」
振り返れば、同じく雨に打たれて髪から雨が滴っている煉獄がいた。
「君の鴉がここだと知らせてくれた。はなを見守っていてくれたのか?」
「鬼に喰われでもしたら胸糞わりぃからなァ。じゃあな。俺は帰らせてもらうぞォ」
「不死川! 恩にきる!」
全くめでたい野郎だ。人の気もしらねぇでよォ。
「声がでけぇ!」
俺の役目はこれでしまいだ。
桜吹雪なんざぁ性に合わねェ。俺には鬼の血飛沫がしっくりくるってもんだァ。