第9章 凪の奥の激情[冨岡義勇]
「邪魔したな」
「いえ! お話できて楽しかったです」
柱が屋敷に来たのは初めてだ。はなには鬼殺隊の者たち、特に柱は珍しい人種なのだろう。宇髄の眼帯をまじまじと見つめていた。それは好奇の目ではなく、目新しい物を見る子どものような無垢な目だ。
「いいだろ? この眼帯。派手で」
はなの目線に気づいた宇髄は少しかがんで眼帯を指で弾いてみせた。
「とっても素敵です」
間近でそれを見せられたはなはますます宇髄と距離を詰めた。
「まぁ…本当はこんなもんしなくてもいい体なら良かったわけだが。仕方ねぇよな。命があるだけありがてぇことだ。でもな、いつ失うかわからねぇ。手や目の一つや二つならまだいい。俺たちは命を失う危険と常に隣り合わせにいる。特に柱はな。冨岡もそうだ。だからはなちゃん、後悔のねぇように生きな」
宇髄はそれだけ言うと、満足したように手をひらひらと振って帰って行った。
宇髄の姿が見えなくなったところで、俺の堪えていたものが一気に吹き出した。気づけばはなの手首を引いて屋敷の中へ突き進んでいたのだ。何も言わず、振り返りもせず、ただはなの手首を引いて行き着いた先は俺の部屋だった。
「あの義勇さん…私何かしてしまいましたか? 宇髄さんへのおもてなしが不十分だったでしょうか」
背の後ろで震える声がした。当たり前だ。無理矢理ここまで連れてきてしまったのだから。
「そうではない」
「何か怒ってますよね…?」
怒っているわけではない。ただこの感情に何と名をつけたらいいのかがわからないだけだ。
「怒ってはいない」
「でも…」
怖がらせたいわけでもない。だが、宇髄に触られたと思うと感情の治まりがきかず、顔をまともに見ることすらできずにいるのだ。
「傷の手当てをする」
「えっ!? いいですよ! こんな小さな傷」
「宇髄ならばいいのか」
「えっ…?」
思わず手首を持つ手に力が加わった。これでははなを更に怖がらせるだけではないか。わかっているのだが、己の感情を抑えることができなかった。
「宇髄には薬を塗らせるのか」
「そうではなくて…」
違う。こんな事を言いたいのではない。
「お前は無防備すぎだ」