第1章 ※笑顔の裏側
杏「……君はよく笑う女性だな。」
「そうでしょうか。」
杏「うむ!少々何を考えているのか分からない笑顔だがな!!」
「…………杏寿郎さんこそ。」
清宮は少し眉根を寄せて小さな声で呟いた。
その声は空や季節の話を始めた杏寿郎の耳には届かない。
(はぁ……。)
少し寒くなってきて愛の無い結婚を持ち掛けられた事についても悲観的になってきた時、ふわっと肩に羽織りを掛けられる。
「……杏寿郎さん…あの、これ…。」
杏「すまない。体を冷やしてしまったようだな。中へ戻ろう。」
そう言う顔にはもう笑みは無く、杏寿郎はただ真剣な顔で清宮の手を握って料亭へ向かった。
(……………………。)
清宮は呆気無い程すぐに嬉しくて温かな気持ちに満たされてしまった自身の心に少し呆れつつも大きな手を握り返し、杏寿郎はそれを不思議に思って振り返る。
そして二人の手に視線を落とした清宮の柔らかな本当の笑顔を見ると口を薄く開いたまま思わず立ち止まってしまった。
突然立ち止まられて首を傾げる清宮の髪に手が無意識に伸びそうになった時、杏寿郎はハッとして拳を握る。
杏(俺は今 彼女の髪に触れようとしたのか。年頃の女性に何て浅はかな…いや、だが彼女は俺の婚約者だ。待て。やはりそれでもそのように触れるのはまだ早いだろう。そもそも何故髪に触れようなどと…、)
「杏寿郎さん……?」
思案中に清宮本人に声を掛けられると杏寿郎は柄にも無く肩を跳ねさせた。
杏「…すまない!!早く戻ろう!!!」
そう言った杏寿郎の大きな手はもう清宮の手を離してしまっていた。