第50章 すれ違い
「わ…わたし、他の部屋へ行くのでそこにいても意味がないです。一応お布団を渡しましたが出来るなら他の宿に泊まって下さい。…失礼します。」
そう早口で襖に向かって告げると桜は走って隣室へ向かう。
後ろで杏寿郎が何か言った気がしたが桜は耳を塞いでいた為 聞き取れなかった。
(…杏寿郎さんの方が私しか知らなかったんだ。杏寿郎さんの方が刷り込みに近かった。でもあの人が不誠実な事をするはずがない。じゃあ私と何の話を……不誠実にならないように…私との関係を精算しに……?)
桜は混乱して涙を流しながら 少し目を大きくした無一郎と共に布団に入り、呆れ宥められながら眠りに就いた。
―――
翌朝、無一郎に廊下を確認してもらうと綺麗に畳まれた布団の側には誰も居なかった。
心底ほっとした様子の桜を見ると無一郎は布団の上に置かれていた手紙を気付かれないうちに自身のポケットへ入れた。
そしてその後すぐに 無一郎はその手紙について綺麗さっぱり忘れてしまったのだった。
(こうして逃げ回っていれば杏寿郎さんの奥さんのままでいられるのかな…。ううん、昨夜あの杏寿郎さんが引き下がったのだって奇跡に近い。絶対また話をしに来る…。)
「ユキ………杏寿郎さんに私の居場所おしえるの、やめて…。」
そう言うと胸の温度はぬるくなったり冷たくなったりと不安定で複雑な動きをした。