第1章 朝が来るまで待って 〜明智光秀〜
「光秀さんはずるいです…」
「知らなかったのか?」
「知ってます」
「でも、誰よりも優しいのも知っています」
「…家康の方が優しいんじゃなかったか?」
「家康の方がわかりやすいって言っただけです」
そう言って自分の顔を光秀さんの胸に埋めた。
「私…光秀さんが心配なんです」
「どうか長生きして下さいね」
「自分のこと、もっと大切にして下さい」
「貴方のことを心配して、大事に思ってくれる人がたくさんいることを忘れないで下さいね」
心を込めてそう言った。
「お前は?」
「え?」
「お前は…想ってくれていないのか?」
長い睫毛の下の涼しげな目でじっと見つめられて、私は息が苦しくなる。
「私も…みんな、想っています」
恥ずかしくて誤魔化してしまった。
私もそこまでは素直にはなれないみたいだ。
「承知した。約束は出来ないが、覚えておこう」
「良かったです」
「光秀さんには、帰る場所がちゃんとありますから、忘れないで欲しくて」
「そうか…」
そう呟いて光秀さんは私の髪を掬った。
「お前の帰る所は?」
「私の故郷は…とてもとても遠い場所です。でも、ちゃんと帰りますから」
「そうか…」
「はい」
「もし…帰るなと言ったら?」
光秀さんが私の髪に口づけながらそう言った。
「こ、困ります」
「そうか。困る…か」
そう言って、笑って私の髪を弄ぶ。
そして、その手は私の顔に伸びてきて、手の甲で顎のラインをなぞった。
ぞくぞくするような、くすぐったいような不思議な感覚。
「ん…っ」
思わず声が出た。
「良い声だ。もっと鳴かせたくなるな」
光秀さんの目が一瞬ギラっと光った。
「既成事実が出来れば、お前は帰れなくなるぞ?」
「光秀さんは、そんな、こと、しません」
「どうした?声が震えているぞ?」
「だって…」
下を向くと顎を掬われた。
「こっちを見ろ」
「や、です」
「いつまで逃げる気だ?」
「欲しいものには手を伸ばせ。すぐに諦めるな」
「光秀さん…」
「俺が欲しいのだろう?」
「全て俺のせいにして、此処に停まれば良い」
「そんなこと…出来ません」
「見つめるだけで満足か?」
「…!気づいて…」
「俺が気づかないとでも思っていたのか」
「い、いえ…。だって…」