第2章 【前日譚】恋と呼ぶには近すぎて
最悪だ、黙って横を通り抜けて階段に向かう、向かうまでも色々と嫌なことを考えてしまい、せっかく切り替わったスイッチが元に戻りそうな予感がしてどうしようもなく腹が立った。
どうして俺がこんな思いをしなければならないのか?こんな事になるならなんの役にも立たない俺なんかに相談せず藤堂には勝手にやって欲しかった。
ある意味吹っ切れたような気持ちでエレベーター前に引き返す
「内山」
彼女は驚いたようにこちらを見て、どうしたの?と返した
「お前さ、藤堂のことどう思ってんの」
余計なことを聞いてしまった!と思ったのはスタートのピストルがなった後で、運動とは違う嫌な汗が吹き出す。
聞くんじゃなかった聞くんじゃなかった、と苛まれるような気持ちになり、同時に自分のえげつない程女々しい部分に辟易した。
「藤堂?えっと、友達だと思うけど…面白いよね、藤堂。…花井?」
考えながら、言葉を慎重に選ぶようにこいつは藤堂をどう思ってるかを述べた。
友達…、友達?友達………と心の中で復唱した後、なんてことだと後悔の念が押し寄せる。
「おーい、花井?」
ハッと彼女に視線を合わせる、不思議そうにこちらを見る瞳が事態の説明を要求している。
「ンでもねえ、聞いただけ」
踵を返してバタバタと階段を上る、なんてことだなんてことだ!
家に帰ってシャワーを浴びて、机に帰ってもぐるぐると考えてしまう、なんてことだ。
藤堂の話を聞いてからずっと心がざわついていて、それ以外なにも考えられなかったから吹っ切れるために聞いたのに、友達と言われて感じたのはどうしようもないほどの安心だった。
要するにホッとしたのだ、あいつが藤堂のことを好きでない事に。
これは、これは、これは緊急事態だろ、どう考えたって!
恋と呼ぶにはあまりにも醜くて、でもまるで俺が、俺があいつをとられるのが嫌みたいで!それじゃあなにか、俺は、俺はあいつが……好
「わーーーっっ!!!」
言葉がでかかったところで口元を手で覆いながら大声を出す。なにも考えてない、なにも考えてない!今の無し今の無し!
ばばば、と手を振って教科書を乱暴に開く、数学なんてやってられない、やるのは漢字の書取り、写経だ。
「心頭滅却すれば火もまた涼し…」
唱えるように呟いて、勉強に身を入れた。
俺はなにも考えてない、考えてなんかない!