第2章 【前日譚】恋と呼ぶには近すぎて
夜道を走ると向こうに見知った人影が見えた、思わず顔をしかめてしまう、正面からかち合って、一瞬目があった後彼女はすい、と顔を逸らした。
その瞬間、心が瞬間的に燃え上がった後急速に萎むような、寂しいという感情が似合ってしまうような、そんな気持ちになってしまった。
あまりにも身勝手だ、思わず俯いて横を通り過ぎる。
俯いた先に居たコンクリートの隙間を縫うように生えている雑草に彼女を重ねた、あまりにも浅ましい。
どうしてこうも時間というものは過ぎ去ってしまうものなのだろうか、どうしてこうも、自分の抱いている感情に名前をつけられないのだろうか。
恋と呼ぶには距離が近すぎて、愛と呼ぶには若すぎる、ならばこれは?
胸がざわついて、頭の中が燃え上がって、手の先が熱くなる。これの名前は一体なんだ?
「なあ」
振り向いて声をかける、彼女は立ち止まった後ゆっくりこちらを見た。
「…なに?」
首をかしげる仕草も、カバンを肩にかけ直す動作も、全てが世界のようで、世界にはこれ以外なにも存在してないんじゃないかと錯覚して
「こんな時間まで学校にいたのかよ」
彼女はえっと、と前置きをして、進路の相談。と短く返した。
「西浦じゃねーの」
ふうふうとランニングで暴れてしまった肺を諫める、彼女はしばらくこちらを見た。
様子を伺うようだとも思えたし、なにを言おうか考えているようにも見える、どちらにせよ煮え切らない態度だ。
「うん、西浦…… 花井も?」
昼間の応報。俺の高校生活を邪魔するなとか、いつまでついてくるつもりなんだとか、そういうことを考えてしまう。
世界は俺中心で回ってるわけがないのに、そんなことはハナからわかってるはずなのに。
「うん」
返事をすれば彼女は嬉しそうに目を細めた。
嬉しそうに、というのは俺の希望的観測なのだろうか、本当はもっと普通の顔なのかもしれない、ランニングのしすぎで目がおかしくなったとか。
「よかった、知ってる人いなかったら心細かったし」
でも、そんなことどうでもいいと思えるぐらい、今は心が軽かった。