第3章 【前日譚】男だったら
「悠ちゃん泣いてる?」
にまり、と神楽が意地悪そうに笑う。
「泣いてる!だって俺寂しかったもん!一緒に野球できなくてさあ!」
悠ちゃん…と困ったように笑う神楽と目が合う、その顔はもう嫌いじゃない。
気遣ってるわけじゃないから。
神楽も困るのだ。
「でも大丈夫、俺はもう大丈夫だよ」
ジッと神楽を見据える、神楽はしっかり俺を見返して、よかった、と笑ってみせた。
「こんな時間にいきなりごめんな」
ぐしぐしと顔をぬぐう
「びっくりしたけど大丈夫、また遊ぼうね」
ひらひらと手を振る神楽に、おう、と返して手を振り返す。
帰ろうと踵を返しかけたところで、そういえば俺は神楽の手を握りたい、とずっと思ってたことに気づく。
「そうだ、ちょっと手ェ貸してくんね」
手を差し出すと神楽は不思議そうに俺の手を握る、昔はボールタコがあったような気がしたが今は柔らかいふにふにとした女の手だ。
「悠ちゃん?」
声をかけられてハッと我に帰る。
「あんがと、じゃな!」
今度こそ踵を返して手を振る、神楽は何か聴きたそうな感じで手を振り返した。
ふにふにとした柔らかい手、握りしめたら案の定もっと近づきたくなった、抱きしめて、たぶんそれでも距離が足りないような、そんな
「悠~」
「わあっ!」
門を出たところでにーちゃんに声をかけられて危うく転びそうになる。
そういえばにーちゃんもきてたんだった、すっかり忘れてたことに驚いた。
「まあ、様子を見るに大丈夫そうだな」
胸に手を当ててみる、まだ少しどきどきして、神楽の体温を覚えている。
もう神楽のボールを試合で打つことはないんだろう、あのボールが宇宙の果てまで届くこともない。
でも平気だ、神楽も平気、あいつは野球が好きで、俺も野球が好き。
それで、お互いお互いなりの野球を続ける、それだけでいい、今はそれだけ分かれば、もうなにもいらないんだ。
「うん、もう平気だよ」
そう言ってにーちゃんを見上げる。
力強いあの、俺の大好きなあの瞳を思い出しながら。