第3章 【前日譚】男だったら
もう男に混じって野球なんてできないことも、男だったらいいのにっていくら思ってても俺が神楽を男のように扱うことができなくなってることも、それでも神楽は野球が好きなことも、全部ちゃんと分かった。
あの時、球拾いなんて野球じゃないって思ったけど、野球が好きなコイツにとっては球拾いだって野球だったんだ。
分かってなかった自分を思い出して、情けなさで鼻の奥がツンとする。
「おい、お前、野球やめんなよ」
ぐし、と目尻を拭う。
神楽は俺の言葉の意味を少し考えて、今度は困ったようにじゃなくて、優しく目を細めて、うん、と返した。
「中学じゃね、マネージャーやってるんだよ」
そういえばそんなことを言ってた、ベンチから眺めるだけなんて楽しくないと俺は思ってたんだ。
「聞いた」
もう神楽のボールは打てない、でもコイツの好きな野球は続いていく、俺の野球も。
「楽しいよ」
「知ってる」
「野球してるよ、私」
「知ってる」
「またキャッチボールしようね」
神楽を見る、どうしようもなく野球が好きで、打ったボールはどこまでも高く飛んでいけるような、塁に出たらどこまでも遠くまで走っていけるような、そんな優しい目。
「…おう」
その目が好きだ、その目を見てるこっちまで元気が出て、ああ、俺って野球が好きなんだなって心から思える。
野球が好きだ、野球が好きな神楽も好きだ。
一緒にグラウンドに居られなくなって、そこが分裂してしまったような気がして、どうしようもなく寂しくて。
でもそんなことはないんだ、神楽は最初からずっと野球が好きで、今でも野球をしてる。