第3章 【前日譚】男だったら
風呂上がりだろうか、少し髪の毛が濡れて、薄着の神楽がそこに居た。
なにを言う暇もなく、ほっせー腕、と場違いなことを少し考えて、コイツの不思議そうな顔とかちあった。
「えっと…」
なにも言わない俺を見て神楽は俺の風貌から用事を察しようと視線を下げる、なんだか無性に、むずむずした。
「神楽」
名前を呼ぶと目が合う
「俺、お前と一緒に野球がしたいよ」
ぱちくりと目を瞬かせて、野球?と神楽が聞き返す。
「女だから野球できないなんて意味分かんねーじゃんって思う、でも今日キャッチボールした時にわかったんだ、お前俺の全力投球とれないんだもん」
「えっと……ごめん」
微妙な空気が流れて、神楽が少し俯いて言う、俺が言いたいのは、言わせたいのはそんなことじゃない。
「違う!違う…俺、お前と一緒にグラウンドで野球したかった、見てるのも好きなんて寂しいこと言うなよって思った、でもどうしようもないだろ、お前は女だから…」
そう、どうしようもないんだ。
神楽はどうしようもないからって諦めたんだ、俺よりずっと諦めるのが早くて、だからあの時キャプテンに言われてすぐに理解して、辞めたんだ。
他のところでも言われたに決まってる、他の野球チームなんか入れるわけがない、何度も言われて、納得なんてできないのに諦めさせられて。
「男だったらって酷いこと言ったのは俺だ、謝るのは俺の方だ、ごめん」
ぐっ、と頭を下げる。
神楽が女なことにずっと不機嫌だったのは俺なんだ、性別なんて変えられないことはわかってるはずなのに、ずっとふてくされてた。キャプテンからグラウンドを追い出されたあの日から、困ったような顔で俺を見たあの日から。
神楽はずっと、野球が好きなのに。
「悠ちゃん、顔あげてよ」
想像してたよりずっと優しい声色が聞こえて、おずおずと頭を上げる。神楽は相変わらず困ったように笑ってこちらを見てた。