第3章 【前日譚】男だったら
「女だから?女だから何?」
帰ってきた答えはこれまた理解の範疇を軽々と超えるものだった。
「女はグラウンドに入っちゃダメなんだって、男のものだから…って」
強く握りすぎて手形のついてしまった腕をさすりながら神楽は視線も合わせずにそう言った。
「でも昨日まで居たじゃんか」
「うん、今日からそうなったって…キャプテンが」
その時、俺はコイツが何を言ってるのかまるで分からなかった。キャプテンが何を言いたいのかも。
ただ一つ明らかなことがあるとすれば、あのキラキラと空高く飛び上がる球も、あの空を見上げた時の眩しい感覚も、バッターと投手しかいないあの空間での目配せも、もう二度とこいつと共有できないという事実だけだった。
『女だから』という呪いの言葉は俺と神楽から様々な時間を奪っていった。
女だから一緒に野球できない、女だから夜遅くまで遊べない、女だから連れションできない、女だから運動した後一緒に風呂に入れない、女だから同じ布団にも入れない、女だから、女だから。
一番最初が野球だったってだけだ、遅かれ早かれ全て奪われるものだと気づいたのは兄貴のエロ本を初めて読んだ時だった。
俺の知ってる女とは別物で、柔らかそうで、エロくて、そんで興奮した。
だからその時気付いたんだ、俺は一緒に野球する奴らでこんな想像したことがないって事に、だからダメなんだって、だからアイツは一緒に居られないんだって気づいた。
酷く悲しい気持ちになった。