第3章 【前日譚】男だったら
「女はマウンドに上がるなよな!」
近所の空きグラウンドで今日も野球だ、朝ごはんをたらふく食べて向かったらグラウンドからそんな声が聞こえた。
覗くと俺たちがキャプテンって呼んでる奴が、神楽に怒鳴っている。
「やっぱ女だからダメなんだ、ぽんぽん打たれるしな」
「そうそう、もう今から女禁止だから!おら帰れよ!」
そう言って横にいた奴が神楽の肩を押した、それを見て、ほっといちゃダメだと俺は思った。
「おい!やめろよ!」
そう声を荒げて割って入る、俺より二回りも大きいキャプテン相手だったけど、そんなことどうでもいい。
神楽の球は言うほど打たれてないし、それならこいつ以外がマウンドに上がった方がよっぽど打たれるのに、なんでそんなこと言うんだ?
それにこいつは野球が好きだ、キャプテンも野球が好きなはずだ、なんで?どうして?疑問だけが頭のなかを埋め尽くす。
俺が割って入ったのが意外だったのか、キャプテンは困ったようにこちらを見ていた。
微妙な空気が流れて、なんだか野球という気分でも無くなってしまった。
「なんで女だったらマウンドに上がっちゃダメなんだよ」
俺はキャプテンをこれでもかってほど睨みつけてみる、キャプテンもどこか気まずそうだった。
「こんな奴らなんかほっといて、帰ろうぜ神楽」
振り返って彼女を見る、野球が好きで、きらきらしてて、どこまでも晴れやかな瞳はここには無い、一種の諦めのような感情とともに俺は肩にかけていたバットを持ち直した。
神楽に動きはない、困ったように視線を彷徨わせ何かを言おうと口を開閉させる、なんだか嫌な予感がした。
「や、野球、まだみんなとしたいから…球拾いでも…いいから…、あの…お願いします…」
遠くで鳴くセミより小さな声で、神楽が『俺たち』に頭を下げた。
俺も、キャプテンも、その場にいた奴らは全員言葉を失った。
なんだ?これは?