第2章 【前日譚】恋と呼ぶには近すぎて
自分も昔はああだったろうか?そういえば彼女は今でこそマネージャーに収まっているが、昔は一緒に野球をしていたはずだ。
野球選手になる、とみんなで子供の約束を交わしたものだが、あいつはいつから野球を辞めてしまったのだろう。
グラウンドから女を排除するようになったのはいつからだろう、彼女と一緒にいるのが恥ずかしくなったのはいつからだろう
彼女にとって、今日の俺のようにグラウンドの居心地が悪くなったのはいつからなのだろうか。
俺は足を止めて河川敷を見た、意識は河川敷の向こうを超えて、どこまでも飛んでいく。
なにも考えてない時は確かに楽しくて、ずっとそこに居るんだと思って、『その時』が来たらどうしようもなく場違いに感じてしまう。
高校で野球を続ける事に迷いを感じているのは、一種の諦めのような、不貞腐れてしまう気持ちのような、そういう子供っぽい何かだ。
その時初めて、俺にとってあいつは野球なんだと気づいた。
昔はそこに居るだけで良かったはずだ、いつからかずっと横にあるものだと思って、そうじゃない事にふと気づいた時、俺はとんでもなく不貞腐れてしまった。
恋なんかじゃない、これは子供のような独占欲と執着で、だからこんなに醜いんだ。
いつまでもそこにある物ではないと心で分かった瞬間に野球部から逃げてしまった俺のように、彼女から無性に逃げたい。
愛のような優しさはない、これは癇癪なのだから、くだらない利己心だけで彼女をどうこうしようとしている。
本当は今のこの野球部を辞めたくなかったのに、時が許さない事にどうしようもない憤慨を抱えるのと同じように。
そうだ、内山は野球だ。昔から俺の野球人生には彼女が居た、だから彼女は野球なんだ。
本当は野球を辞めたくないように、本当は彼女を諦められない。
その気づきを得た時、寒空のつんざくような鋭い空気に花が咲いたような気がした。
春だ、それはまさに春の訪れだ、心臓が大きくどくりと一回飛び跳ねて、マフラーやニットからどんどん熱さが伝染していく。
恋というには近すぎて、愛と言うには若すぎる。
4番は、キャプテンは、本当は誰にも譲りたくなかったんだ。
本当は誰にも。