第63章 大正“悲劇”ー始ー
私は散歩が終わると本部へ向かいました。無一郎くんはついてきたそうでしたが、私は置いていきました。
「珍しいね。何の連絡もなくここに来るなんて。」
お館様はあまね様と共に私のいる庭までやって来られました。
私は地面に膝をつくことも、頭を下げることもせず軽く会釈しました。
「ご無礼をお許しください。」
「良いよ。愛する私の子に会えて嬉しい。ああ、目が見えたら良かった。君は出会ったあの頃と変わらず美しいままなのだろうね。」
あの頃…それは…。
「…いいえ。」
私は首を横に振りました。
「もう、ずいぶんと醜く成り果てました。」
顔には消えない傷がある。体中、傷のないところなんてないのです。歳も取りました。あの頃と同じな訳がありません。
「あまね。二人にしてくれないか。今日は調子がいいから、大丈夫だ。もいる。」
「……わかりました。」
あまね様は私に軽く頭を下げて、庭から去っていかれました。
「…少し話をしようか。と言っても、私もあの頃のようにはいかないね。」
お館様と目が合う。そこに私は写っていないだろうけれど、しかと見つめた。
「。………君は、初めて会ったときは人形のようだった。本当に…この人には心が死んでしまうような何かがあったのだろうと、一目でわかったよ。事情を聞いたときは驚いた。」
「…それはそれは不快なことであったことでしょう。幼いあなたの耳に入っているとは思っていなかったのです。あの頃は。」
「けれどね、ここに来る度に君が変わっていくのを確かに感じていたよ。とても嬉しく思った。本当にね。」
お館様はいつものごとくあの不思議な声でゆっくりと話されていた。
「。君はいつまでも私の大切な子供の一人だ。」
「……お館様。」
「ありがとう。久しぶりにゆっくり話ができて良かった。今日は良い日になった。」
私は深々と頭を下げた。
「私の方こそ、今日はありがとうございました。」
「…。」
お館様は、顔をあげると、眉を下げて、どこか悲しそうに笑っていらっしゃった。