第57章 大正“浪漫”ー玖ー
二人と別れたあと、私は意を決してある場所へ向かった。
場所は覚えていた。鮮明に。何年も霞むこともなく記憶に残っていた。
すっかり荒れ果てたそこは、かろうじて洋館としての形を保っている。
見上げると、ほんの少しの懐かしさがあった。
来ようと思えば来られた。
けれど、一度も来なかった。
「………。」
私は玄関の扉を開けて中に入った。
床の板が所々剥げていた。
洋館内の構造は全て覚えていた。
ここは、私の生家、霧雨家の屋敷だ。
思い出に浸ることもなく物置へ直行する。そこに家系図があったことは覚えている。
何か霧雨阿国について残ってはしないだろうか…。
しかし、その物置の乱雑とした資料は金の話ばかりで、なかなか先祖にまつわるものなどはない。
私はホコリまみれの物置を出て、二階に上がった。
試しに自分の部屋だった場所を開けてみた。
十数年前と全く同じまま何もかも残っていた。
役に立つものなんてないから、すぐにそこを出た。
懐かしいけれどもそれだけで、思い出もない。
父の書斎に行けば、そこもそのままだった。
父におそわれた場所。父を殺した場所。母に監禁された場所。可哀想な我が子を産み落とした場所。鬼に初めて会った場所。鬼を斬った場所。鬼になりかけていた隊士を斬った場所。鬼殺隊と出会った場所。
そこは霧雨という人間の、全てがつまった場所とも言えた。
全ての始まりの場所だった。
それだけのことがありながら、この屋敷には私が望むものは何もないようだった。
物置からとってきたボロボロの家系図に目を落とす。
一番上。つまり霧雨家の創設者…そこにある名前は阿国などではない。
(………ん?)
その名前をなぞっていたら、おかしなことに気がついた。
一番上の名前…。
それは霧雨という名ではなかった。なぜか創設者の名字は霧雨ではなかった。
歯車がきしむような、パズルのピースをなくしてしまったかのような感覚と同じだった。