第56章 大正“浪漫”ー捌ー
私はその人にお礼を言った。
「お茶、ありがとうございました。」
「いえ。こちらこそ、花子をありがとうございました。」
お礼にお礼を返し、お互い微笑みあった。
「またいつでもいらしてください。」
その人は言う。私はもう来ることはないだろう。
「はい、またいつか。」
守れない約束をしてしまう。
けれど、その人は嘘を見抜いたらしい。
私はそれに気づきながら背を向けて、歩いた。
「ありがとう」
その人はまた背を向けた私に礼を言った。
「娘を、守ってくれて…救ってくれてありがとう。」
私は歩き続けた。
「何もできないと言わないでくれ。あなたは娘を助けてくれたし笑わせてくれた。」
ぴたりと、歩みを止めた。
「私はあなたを忘れない。」
一度だけ振り向いた。
「ありがとう」
私はにっこりと笑って、大きく手を三回ほど振って、また歩いた。
今度こそ振り向くことはしなかった。
『ありがとう』
『私は、本当にそう思いましたし、思い返す度にそう思うのです』
『けれど、そう遠くない未来で』
『私はその耳飾りを目にして』
『またありがとうと言うのです』