第56章 大正“浪漫”ー捌ー
痩せこけた男の人で、病なんだとすぐにわかった。
花子ちゃんを見るやいなや縁側から出てこようとしたので、慌てて私が駆け寄った。
「花子、ああお前、どこに行っていた。」
花子ちゃんを降ろすと、その人にぎゅっと抱きついた。
それを見届けて、私は少しほっとして、にこりと笑った。
幸せそうな人を見ると心が暖かくなる。まるで私も幸せになったような気持ちになる。
「あの…あなたは?」
そして、父親は私に視線を向けた。
「こんにちは。」
私は一礼した。
「お宅のお嬢様が迷子になっていましたので、ここまで連れてきた次第です。」
「……そうですか…」
私はまた一礼した。
「それでは、私はこれで…。」
「待って、ください。」
私は声をかけられて立ち止まった。
「お礼をさせてください」
痩せ細った体のわりに、てきぱきと動く人だった。お盆に暖かいお茶を二つのせて、縁側にやってきた。
花子ちゃんはすやすやと眠っている。
「朝から戻ってこなくて、心配していたんです。他の家族はこの子を探しに行っているのですがもうすぐ戻ってきます。」
推測ではなく断定で言いきったところが気になったが、言及はしなかった。
「…良いところですね」
「ええ。」
私は一口茶を飲んだ。どこにでもある普通の粗茶だ。それがとても落ち着く。
「…見てのところ、都会の方のようですが…こんな山で何をされていたのですか?」
私は隊服を見下ろした。
確かに田舎では見慣れないだろうな。
「行きたいところもやりたいこともなく、ただのらりくらりと歩いていただけです。」
草履と足袋を脱ぎ、自前の手拭いで足をふく。
…ちょっと赤くなっている。
「………素敵な耳飾りですね」
私はその人の耳についた、どこかで見たような独特の模様のそれを見て言った。
その人は優しく微笑んだ。