第10章 なんでもない日のパーティ
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『……へくしゅっ』
ローズは両手で口元を覆ってから、小さなくしゃみをした。
そんな様子を隣で見ていたトレイが片眉を上げて問い掛ける。
「珍しいな。風邪か?」
『ふふ、まさか』
ローズは手を洗いながら微笑む。
『私の体が頑丈なのは、貴方も知っているところでしょう?』
「…そうだったな」
彼女はここ数年、風邪をひくどころか 貧血のひとつだって起こしてはいなかった。
『…こんなふうに丈夫な体に産んでくれた両親に、感謝しないといけないわね』
ローズがふわりと笑うだけで、いもしないはずの蝶が 彼女の周りを舞っているかのようにさえ見える。
トレイは思った。
丈夫な体に産んでくれた事も勿論の事、こんなにも綺麗で可憐な見目に産んでくれた事にも 感謝した方が良い と。
彼がそう思うのも無理はない。
この5年間で、彼女はさらに美しく成長した。
もしもこの森の中の隠れ家で暮らしていなければ、各国で評判となっていたに違いない。傾城の美姫として。
彼女を今、自分達が独占している奇跡を 改めて感じるトレイであった。
「…風邪じゃないなら、誰かがローズの噂をしているのかも知れないぞ」
木べらで これから焼くスコーンの生地をさっくりと混ぜながらトレイは言った。
『…噂か…。一体どんな噂をされているのか気になるわね。
トレイはどんな噂だと思う?』
ボウルに視線は落としたままで、彼は呟くように言った。
「そうだな…
またローズは、最近めっきり綺麗になった。
って噂とかかな」
『……あはは、トレイはまた最近、めっきり口が上手くなったわね』
「お?嘘っぽいって? どう言えば信じてもらえるかな…」