第7章 ベール
摘まれた鼻に目線を向けて寄り目になったひまりを見て吹き出す夾。
「ぶっさ…っ」
「はっ!?ぶさ!?は?!」
突然吐かれた悪口にひまりが目を見開くと、ククッと笑いながら手を離して背を向ける。
言い返そうと夾の腕を掴むのと同時に「楽羅のことケジメつけた」と呟く彼の顔を勢いよく見上げた。
「…え」
思いがけない言葉に聞き間違いかと思ったが、その表情から察するに聞き間違いではないらしい。
デートから帰ってきた夜にひまりが見た表情と同じ顔をしていた。
「ケジメ…って?」
私が気になっている事を察したのだろうか。聞いてもいいということだろうか。と恐る恐る問うひまり。
ひまりと夾の視線が合うことはない。
だが彼女の問いかけに口を開く。
「最後まで楽羅を"好き"になることはない。って言った。あの日」
「…なんで?」
「事実だから。中途半端が1番傷つけんだろ」
——— …中途半端なことして欲しく無かった…
ひまりはまさか、と更に目を見開いた。
もしかしたら自分の言葉のせいで…と自身を責めようとしたときにタイミング良く降ってくる大きな手。
グシャグシャと髪を乱すように撫でてくる夾は困ったように微笑んでいた。
「今日のお前は分かりやすいのな。ちげーよ。俺が決めて俺の意思で行動しただけだよ」
「でもっ…」
「んじゃ言い方変えるわ。"もしも"お前の言葉がキッカケでもお前の"せい"じゃない。お前の"お陰"で腹決めれた。どっちみちどっかで決めなきゃなんねぇことだったんだよ。だからお前が…ひまりが病む必要性はどこにもねぇだろ」
ひまりは何も言えなかった。
夾は優しい。
どこまでも優しくて、優しすぎて全てを背負い込んで。
そんな優しさを見せられたら自分がとてつもなく汚いものに思えてギュッと拳を握った。
今ひまりの心を痛めているのは失恋した楽羅のことでも、相手を傷つけて自身を責めている夾のことでもない。
全く無い訳ではないが、それよりも多く闇をのぞかせていたのは。
慊人が言った言葉の確率が上がったんだ。ということ。
——— 事実だから。
いつかそう言われて拒絶される日が来るんだろうか。
何よりも自身の事を考えてしまっていることに心の底から嫌気がさした。