第53章 月下美人 *
あの時…カカシは彼女に誘われるがまま、自分の本能に従って行動しようとした。
あとほんの僅かでも心が揺れていたら、今の返事は嘘に終わっていたかもしれない。
ギリギリのところで思いとどまり、両目を開いてさきと目を合わせたカカシは、彼女を写輪眼の幻術の世界へと誘った。
酒がうまく作用して、幻術にかけられていることに気づくことのないさきは、ぼうっと目の前を見つめて、全身の力がフッと抜けた。
カカシはフワリと倒れこむさきを胸で受け止め、抱き上げて室内へと移動して、ベッドの上に寝かせた。
ここまで、時間にして僅か数分程度。
カップラーメンだって出来ないほどの、ほんの短い時間。
『…そっか……幻術…』
さきは、どこか嬉しそうに微笑んで、指先で自らの口元を軽く押さえた。
酒で赤らんでいた顔を、今度は照れでさらに赤らめる。
そんなさきの様子を見て、カカシはこの選択で良かったのだと納得した。
(とは言っても、オレも男なんだけど…)
頭の中では何度も何度も想像した。
さっきの幻術の内容なんて、幾らでも。最後まで。
「で?知りたかったことは、知れたの?」
『うん…充分』
あまのじゃくなさきのことだ。
オレの心の内でも知りたくなったんだろう、とカカシは簡単に予想がついた。
欲があるのは否定しない。
でもそれより、心が欲しいと思うのは、数多い二人の共通点でしょ。
「馬鹿だねホント。今回のはどうなってても何も言い返せないよ?分かってる?」
『うん。そんなことが分からんなんて言えるほど、私は純粋じゃないよ』
―――――― その言葉はどこか妖艶で、
『でも…カカシに甘えたかったのは、ほんと』
―――――― その笑顔はとても素直で明るい。
あぁ、やっぱりオレは勿体ないことをしたかな。