第1章 真夏の旅人
『……聞いたこと、私は、ありません…』
床に座り込み、大人しく聴いていたさきは、まるで醒めない夢の中にでも迷い込んだ気分だった。
なんなんだ一体。 言葉は通じるくせに会話が通じない。
火影様と呼ばれるおじいさんと、はたけカカシと名乗った白銀の髪の謎の男。
どうみても私の方が正常なのに、私が不審者として扱われている。
しかも、忍の話まで真剣に始めちゃって…忍なんてせいぜい江戸時代くらいまでしかいないはず。
あの御神木がそんなに凄いものだと思わなかったけど、確かにお寺の中にあるのだから、その点はあながち間違ってはいないのかもしれない…
さきは悶々と思考を巡らせた。
『てことは…』
若しかすると、
『タイムスリップ…?』
まさか、忍者が存在した江戸時代より前に私がタイムスリップしたとか?
いや、でも江戸時代以前なら、“ちょんまげ”、“着物”、“ごじゃる” だろう…とさきは考える。
しかしここは普段の建物内となんら代わりのないしっかりした作りの建物で、大きな窓からチラとのぞく建物も、さほど古風とは言えない外観だ。
それに言葉使いも堅苦しさは少し感じるものの、それはきっとこの人がおじいさんで偉い人だからであって、昔っぽさはちっとも感じない。
髪型だって服装だって、少し不思議ではあるけど、まあ何かの制服だと思えば普通だ。
火影様の着物も、日本人であるさきからすると、何か特別おかしいとは感じない。
『いや…とすれば…』
なるほど、
これはつまり
「お主は、別世界からきたんだろう」
『私。別の世界からきてしまったのかも』
そう口から出たタイミングはほぼ同時だった。