第9章 さよならの定義
ーーー2007年9月。
『……は?』
携帯電話越しに聞こえる夜蛾の言葉に、耳を疑った。
■■県■■市(旧■■村)
任務担当者(高専3年夏油傑)派遣から5日後。旧■■村の住民112名の死亡が確認される。
全て呪霊による被害かと思われたが、残穢から夏油傑の呪霊操術と断定。
夏油傑は逃走。
呪術規定9条に基づき、呪詛師として処刑対象となる。
『……傑が?…冗談きついよ、せんせ――』
《…なまえ、何度も言わせるな。傑が集落の人間を皆殺しにし行方をくらませた。傑の実家は既にもぬけの殻だった。ただ血痕と残穢から恐らく両親も手にかけている。俺も…何が何だか分からんのだ》
初めて聞く夜蛾の消え入りそうな細い声に、ようやく事の重大さを知った。電話を切ってから、どれくらい経っただろう。この後硝子と待ち合わせをしていたはずなのに、一向に足は動いてはくれなかった。人混みの行き交う新宿駅の西口で、しばらく瞬きも忘れて立ち尽くしていた。
片鱗はあった。確かにあったはずなのにーー。
「ーーーなまえ」
後ろから、聞こえるわけのない声がした。幻聴か、はたまた聞き間違えか、なんておもったけれど、三年間毎日聞いていた声だ。間違えるわけがない。
『……傑』
振り向いてその名を呼べば。確かに彼はそこにいた。
見た事のないような、清々しい顔で。空から降ってきたような爽やかな声で、夏油は言った。
「今日も暑いね」
そんな夏油に、なまえは思わず面食らって、空笑いをしてみせた。