第8章 slow dance
―――その夏は忙しかった。
昨年頻発した災害の影響もあったのだろう。蛆のように呪霊が湧いた。
ただでさえ呪術師は人手不足が常。任務の数が増えるのと同時に、必然的にそれぞれが単独で行動する事が増えた。
『はあー……お腹空いた』
今日の任務を終え、高専に戻ってきたなまえはため息を吐きながら女子寮までの道を歩いていた。早朝から任務に出ていたにも関わらず、忙しすぎて食事すらまともにとっていない。ふらふらと静かな夜の廊下を歩いていれば、後ろから名前を呼ぶ聞き慣れた声がした。
「――なまえ」
なまえは慌てて振り返ると、其処に立っている夏油の姿に瞳を輝かせた。
『傑!』
顔はしょっちゅう合わせているはずなのに、なんだか久しぶりにまともに話す気がして嬉しかった。なまえは嬉しそうに傑の元まで駆け寄ると、彼は優しい表情でぽんぽんとなまえの頭を撫でた。
「お疲れ様、なまえ。今日は随分遅くまでだったんだな」
『うん、傑も今終わったの?』
「いや、今日は午後には高専に戻っていたよ。それと、これ。九十九さんから預かったものだ」
言いながら手に持っていた紙袋を渡す夏油に、なまえは驚いたように目を見開いた。
『え!?九十九って由基さん!?会ったの!?』
「ああ。特級に昇格した私達に挨拶がてら、高専に寄ったらしくてね」
『好きな女のタイプ聞かれたろ?』
「ああ、そういえばそんなような事言ってたような……」
『なんて答えた?』
「灰原は答えていたが、私は答えていないよ。悟となまえにも会いたがっていた」
『…はあー。あの人、ホントいつも急に来て急に帰るんだから……』
呆れたようにそう言って夏油から紙袋を受け取ったなまえは、袋の中に入っている謎の置物(オブジェ?)に、顕著に顔を歪める。
『…うわあ、何だこの変なの。もー、お土産ってこういうのを期待して言ったんじゃないのに!』
むすっと頬を膨らませながら文句を言うなまえを見つめながら、夏油はくす、と笑った。
「はは、確かにおかしな置物だ」
『………』
なんだか、随分と久しぶりに夏油の笑った顔を見た気がして、なまえはぽつりと言った。
『……傑の笑った顔久しぶりに見た』