第3章 午前0時のシンデレラ
『い、いやその、そんな褒めてもらえるような人間じゃないです』
「え~?もっと自信を持った方がいいよ。お酒が足りてないんじゃない?」
『いや~、お酒はちょっと』
やんわりと断ったつもりだが、あまりにグイグイくるものだから、仕方なくシャンパンが注がれたグラスに口をつけた。喉の奥で炭酸が広がって、甘いような苦いような、味わったことのない不思議な感覚が口内を支配した。
「シャンパンは苦手?他のを持ってこようか?」
『あ、いや、大丈夫です』
「遠慮しないでよ。普段はどんなお酒を飲むの?」
『えーと普段はコーラ…じゃなくて、か、カクテル?とかですかね』
「飲む物まで可愛いんだね」
『いやぁ…あはは』
会話が続かない。どうにもこういう人種は苦手らしい。突っぱねてやりたいが、連れてきてくれた硝子の顔もあるし無下にもできない。早くこの合コンとやらが終わらないかなと心の中で思いながら、なまえはグラスにもう一度口をつけた。
硝子に助けを求めようと思ったが、男性と楽しそうに飲んでいるので話しかけづらい。初めてお酒を飲んだからか、なんだか頬が熱い。なまえはシャンパンを飲み干したグラスをテーブルに置いて、口を開いた。
『あ、ちょっとお手洗い失礼します』
「場所わかる?案内するよ」
『いえ大丈夫です』
「いいからいいから」
そう言って彼はナチュラルに肩を抱いてきた。
ぞわっ、と、嫌悪感が身体を支配する。見ず知らずの男性に触られるという行為は、こんなにも気持ちの悪いものだったのかと実感する。五条や夏油に触られたって、こんなことは一切思わないのに不思議だ。
『あの、本当に一人で行けますので』
個室を出てからも肩を抱いたままの廣瀬という男になまえは困ったように言ったけれど、彼は聞く耳も持たずに続けた。
「ねぇ、これから二人で抜け出さない?並木通りに行きつけのバーがあるんだ。二人でゆっくり飲みたい」
『あー、すみません、私お酒はあまり得意ではないので…』
「大丈夫、僕が一緒だから、介抱するよ」
腕を振り払おうとしても、想像以上に強い力で抱かれていてうまく払えない。先程からやんわりと断っているのに、お構いなしとでもいうように、ぐい、と更に肩を強く抱かれた、瞬間だった。肩に置かれていたはずの手が、見えない早さで払われた。