第2章 魔法にかけられて
『……はぁ』
どれくらい走っただろうか。息が切れて汗をかく程度には走ったようだ。辺りの景色も先ほどいた場所とは随分違っている。気付けば、空はオレンジ色に染まっていて。朝イチで来たはずなのに、もうこんなに時間が経っていることに驚いた。時間を忘れてしまうくらい、楽しかったという事だろうか。いや、楽しいもんかと自分の気持ちを否定して、なまえは近くのベンチに腰掛ける。
カップルや家族、友人同士が楽しそうに視界を過って行くのをぼけっと眺めていれば、ふと、ほんの少し寂しさを感じた。
『………』
元より、一人には慣れていた。
少なくとも、呪術高専に来る前までは。
けれど、この学校に入学してからというもの、一人だった日も、静かな日も、一度もなかった。騒がしい毎日が鬱陶しかった筈なのに、今では隣にあの鬱陶しいバカ達がいない事に寂しささえ感じてしまう。慣れって怖いなぁ、なんてしみじみ思っていれば、視界が見慣れた長身に遮られた。
見上げずともわかる五条の気配に、おそるおそる顔をあげた、時だった。
「――なんで電話出ねぇんだよ!!」
初めて見る五条の必死な顔に驚いて、なまえは慌てて口を開いた。
『ご、ごめん!!あ、電話…』
そういえば、携帯電話に五条からもらったストラップをつけてからポケットにいれているのが邪魔で、連絡先を交換した後お土産袋にそっと忍ばせたんだった。お土産袋は五条が持っていてくれていたので、気付くはずもない。
『…えっと…その袋にいれてて…』
「は?」
なまえはおそるおそる五条が手に持つお土産袋を指差せば、五条はぽかんと口を開いた。この人混みの中じゃ、着信音が聞こえないのも無理はない。
「…オマエさぁ携帯の意味わかってる?常に携帯してるから携帯電話っつうんだよ、バカなの?バカだよな、はぁ」
早口で怒ったようにそう言う五条は、珍しく息を切らしていて。
実習や組手の時ですら息が切れているところなんて見たことがなかったのに。いつもの余裕ぶっこきまくりの顔からは想像がつかないその表情をまじまじと見つめる。あの五条悟も必死な顔とかするんだな、なんて関心していれば、五条の口からこれまた思わぬ言葉が飛んできた。