第12章 StrawberryMoon
『よし、なんとか終わった』
小さく独り言を呟いてから時計を見やれば、午後8時を過ぎていた。予想より早く終わったな、と思いながら出来上がった資料をまとめて帰る準備をしていれば、職員室の扉が勢いよく開いた。そこに立っていたのは、少し不機嫌そうな五条だった。
『悟』
扉の前にいたはずの五条はあっという間になまえの側に来て、拗ねたように口を尖らせる。
「まだ終わんないの?」
『今終わったよ。先に帰っててって言ったじゃない』
「一緒に帰りたいの」
『家に帰ってもどうせ一緒じゃないか』
「一秒でも多く一緒にいたいワケ。何年一緒にいると思ってるんだよ。いい加減わかってくれない?僕の健気で一途な気持ち」
『はあ、飽きないねぇ、悟も』
「飽きてたまるかよ。むしろ年々愛が増してる」
『どこまで重くなるんだよ、勘弁してよ』
はは、と笑いながら五条はなまえを後ろからぎゅう、と抱き締めた。
「どこまでーも重くなるよ」
『ちょっと、離してよ、もう、こういうのは家に帰ってからっていつも言ってるでしょ』
「えー家に帰ってもお預けくらってばっかなんだけど」
『四六時中くっついてくるからだろ』
五条の腕を慣れた手つきで振り払うと、なまえは机の上を整理して鞄を手に持つ。
『お待たせ、帰ろうか』
「なんで今日はこんな時間まで頑張ったの?いつも定時にはしっかり帰るのに」
『明日予定ができたからね』
「は?なんの?」
急に声音が変わる。いつもの飄々とした五条の感じからは一変、顕著に顔を歪めている。二人きりの時にだけ出るこういう一面は、高専時代と本当に変わらない。
『野薔薇とアメ横に買い物に行くの』
「聞いてないんだけど」
『さっき決まったんだもの』
「俺は?」
『悟は仕事でしょ。何度も言うけど女同士の事に首を突っ込むなよ。この前も歌姫先輩に釘を刺されたばかりだろう』