第13章 破面編(前編)
「あら、私は破面の事知りたかったから貴方が話し掛けてくれて嬉しかったわ。」
「あっそ!」
ぷい、と顔を背けた彼はそのまま歩き始める。そんな後ろ姿を追いつつ懲りず話し掛けると矢張り彼は答えてくれる。やっぱり元がお喋りな性分なのかもしれない。暫くして回廊制御室とやらに着いたらしい。
「ここだよ。気が変わったからボクは自宮に戻る。」
「え、ルピは来ないの?」
「アンタに関わると面倒な事に巻き込まれそうだもん。じゃーね。」
アンテノールは彼女の横を通り過ぎ長い袖をヒラヒラと振って行ってしまった。そんな彼を止める気も無く、まるで野良猫のように気分屋な姿を見送り目の前の扉をくぐる。
そこには大型のモニターが有り、目の前の椅子には市丸が腰掛けていた。彼は待ってましたと言わんばかりに振り返る。
「あら、ルピくんはどないしたん?」
「私と関わると面倒事に巻き込まれそうだからって帰ったわ。」
「ふは、ええ嗅覚してはるなァ、彼。それで、ゆうりは何しに来たん?」
「惚けないで。昨日アーロニーロの宮まで操作したのは貴方でしょう。どういうつもり?」
「どうもこうもこの前ちゃんと言うたやろ。意地悪しに来た、って。」
悪びれも無くへらりと笑う市丸に眉間の皺が深まる。それでも目の前の男は笑顔を崩さない。ゆうりは肺に溜まる重い空気を吐き出した。此処で感情を露に怒っても彼は愉むだけだ。落ち着かないと。
「…何故あんな事をしたの。私が怒るのなんて、貴方なら分かっていたでしょう。」
「ボクは君が好きやから。」
「答えになってないわ。」
「何言うてはるの。答えはこれしか無いよ。」
市丸は椅子から立ち上がると彼女の目の前に立つ。その白い頬へ冷えた指先が伸ばされ蛇のようにそろりと撫でる。ゆうりは動じず彼の眼を見詰めるがそれ以上語るのを拒むように細く瞼を伏せたままだ。
「…私は本当に怒ってるの。」
「ボクは本気で愛しとるよ。ずぅっと前から。他の誰よりも。」
示指が顔の横の毛束を耳に掛ける。生温い掌の熱が触れ、顎下に中指が添えられたかと思えば顔を持ち上げられて反対側の頬に相貌が近付き唇が甘いリップ音を立てる。