第27章 運命の糸先
声の主──ミスタ・ベイリーは部屋の中央で気持ちの悪い笑みを浮かべていた。両脇に屈強な護衛を従えて、私に近付いてくる。
逃げられないとでも思っているのだろう、いやにゆっくりとした足取りだ。
まさかこの人が、私を知っているとは思わなかった。
クラウスさんとも親し気に話をしていたのに。クラウスさんはこの男の裏の顔を知らなかったのだろうか。
いや──知っていたら、きっと私に近付けさせないだろう。
それだけこのミスタ・ベイリーという男が狡猾だという事だ。
不審に思われないようなるだけ自然な動きで手首につけたバングルに手を伸ばし、バングルについている突起を静かに押した。
これでスティーブンさんに連絡がいくはず。
『──何かあった時はバングルを使ってくれ。そうすればすぐにこちらに通知が届く。ミス・レイチェルが手渡してくれる手筈になっているから、受け取ってくれるかい』
ミス・レイチェルがプレゼントして下さったあのバングルは、事前にスティーブンさんからそう説明されたものだった。
バングルだけじゃない、今回のレセプション自体が計画されたもの。
私がスティーブンさんに頼んで、この計画を立ててもらったのだ。
黒幕に辿り着くにはこちらから動くしかないというスティーブンさんの意見に私はすぐさま同意した。そして囮となることを志願した。
私が自ら囮になると申し出たのは、ハンナ達の事がずっと気にかかっていたからだった。
クラウスさんもスティーブンさんも、ついぞ養護施設に移った子供達に会わせてくれることはなかった。
クラウスさんにいたってはあの子達の話となると何か言いにくそうにしていて、私は直感的にあの子達に何かあったのだと悟っていた。
私の手はあまりにも小さい。世界の危機を救うなんて大それた事は出来ない。けれど、せめてあの子達を救う手立てに自分がなれるのなら。その一端を担えるのなら、自分がどうなろうと構わないと思った。
今回のことは全て、クラウスさんには秘密裏に進められた計画だった。
彼が知ればこの計画には絶対に首を縦には振らなかっただろう。
クラウスさんを騙すことに胸が痛まなかったわけではない。
だけど、事件解決に結びつく手がかりのない今の状況ではスティーブンさんに立ててもらった計画に乗るのが最善の策だと思えた。