第1章 寝癖

　＝親指＝


バサリと本の落ちる音がして、隣から聞こえる寝息。浅くゆっくりと、そしてだんだん深くなる。


「今日も寝るの早かったね。最近お疲れかな？」


隣の彼を見ながら呟いてみる。そして起こさないように気を付けながら、彼の眼鏡をそっと外す。


「相変わらず寝顔はかわいいなぁ」


佐助と私は幼馴染み。大人になった今でも時間が合うと、昔遊んだ丘の上でこうしてシート敷いて読書をしたり昼寝をしたりとのんびりと過ごしている。今日もそんな時間をゆるゆると楽しんでいた。

いつの頃からか恋人と呼べるような関係にもなったけど、過ごした時間の長さのせいか幼馴染みの方が居心地が良かったりもする。何にせよ、佐助と過ごす時間は心地いい。

上を向いて寝ていた佐助が、少し伸びながら私の方を向く。読んでいた本から目を離し、佐助を見る。

『横を向いたなら、そろそろかな？』

隣で頬杖をつき見ていると、私の思惑通り佐助の手が動く。その手は軽く拳を握ると親指だけを立てて口もとへ。親指は口の中に入れられるわけではなく、ただ唇に押し当てられていた。


「かわいいなぁ」


思わず声に出し呟いてしまう。
これは佐助の幼い頃からの癖。赤ちゃんの頃から指しゃぶりが止められず、大きくなるにつれだんだん意識するようになり止められたが、今も気を許している時は手が唇まで行ってしまうらしい。

本人は気にしていたけど、無防備な佐助を見られるのは貴重なので、私はこの時間がとても好き。

しばらくそのまま見つめたあと、向かい合うように隣に寝転がる。彼の唇を見つめ、押さえきれない衝動に任せ、そっと自分の指先を伸ばす。
彼の親指を越え、その唇に触れようとした瞬間、はむっとその唇が動き、私の指は食べられてしまった。


「さっ、佐助！起きてたの！？」


慌てる私を片目を開け、佐助が見る。眼鏡を外しているから見えているかは分からないけど、とても優しい目だった。目が閉じられ指が解放されると、今度は両目が開き私を見つめる。


「隣に寝転んだ辺りから、なんとなく。まさか唇を触るとは」

「なっ、また親指が口のとこ行ってたから、教えてあげようと・・・気を許し過ぎな佐助が悪い」

「ねぇ」

「何？」

「家族になろうか」


ふわりと笑う佐助の顔が見えて、爽やかな風が丘の上を駆け抜けていった。







おわり