第8章 秋は夕暮れ②
「私が大学に行くって言ったら、喜んでくれるんじゃないかって思ってた。何だったら巧はずっとそれを望んでたんじゃないかとか。だけど、、、」
そこまで話して沙織は言葉に詰まった。
荒北はただ静かに、沙織を見ている。
テーブルの上にあるお茶は、氷が解けてもうほとんど水になっていた。
「本当はね、ずっと言いたかったんだ。、、、僕たち、終わりにしよう。」
沙織は巧に言われた最後の言葉を思い出していた。
そしてそれを言おうと口を開いた。なのに声が出なかった。
その言葉は、自分で言うには辛すぎた。
それにこの言葉を誰かに言ってしまったら最後、もう二度と戻れないような気がした。
この期に及んで、、、なんてバカ、、、。
もう戻れるわけ、、、ないのにな。
沙織は喉の奥から込み上げてくる熱いものを無理矢理押し込めて俯いた。
荒北の前で声を上げて泣いたりしない。
絶対に、、、。
それは最後のプライドだった。
ポン、、、
そんな沙織の頭にヒンヤリとした柔らかな感触が乗った。
荒北の手だ。
いつのまにか隣に移動してきた荒北が、沙織の頭に手を乗せた。
なんだよ。
あったかいじゃん、、、。
頭上に乗る荒北の手は冷たかった。
しかしそこから何か温かいものが沙織の身体に染み込んでいくようで、心地良くて優しくて沙織の目に涙が滲んだ。
ポンポンと励ますように沙織の頭上で跳ねる手。
その度に懐かしい荒北のニオイがした。
そういえばこんなだった。
荒北からは少しだけ汗のニオイがした。
コイツ、もしかして走ってきたのかな?
そして荒北のニオイは沙織に青い自転車に乗る荒北の姿を思い出させた。
アンタの隣にいる間、毎朝このニオイがしてた。
毎朝、毎晩、アンタは走ってた。
毎日毎日、前だけを見て。
傷だらけになっても、ただひたすら。
あの日だって倒れるまで、ただ前だけを見てた。
そんなアンタみたいに私はなりたいと思った。
なのに今の私は、、、。
このままアンタにもたれかかってしまいたいな、なんて
かっこ悪すぎだよな?