第1章 清らかな水の王国
ファトムス王国───王宮
国王は不快だった。
存在を否定されつつも広がり続ける、怪盗の噂が。
「『怪盗ジェイン』とやらの話は耳に入っている。しかし、真偽は定かでは無いだろう。それを帝国は肯定し、その上国宝を帝国の手に預けろと申すか」
国王が問うた相手は、『帝国』より使者として参った黒髪の青年。
謁見の間で恭しく跪いたまま、使者は微笑を浮かべて答えた。
「ファトムス王よ、残念ながら噂も真にございます。ニーグレト王国とユーブラ王国、どちらも怪盗ジェインの手により国宝を盗まれてしまいました」
この世界で最大の軍事力を誇るは、大帝国《クラルキア》である。
ファトムス、ニーグレト、ユーブラの三王国は、クラルキア帝国の衛星国……国宝である《精霊石》も、帝国より与えられたものだった。
ファトムス王国が精霊石を失う事となれば、それは帝国にとっても大変な事態……故に帝国は、国宝を一時的に預けるようファトムス王に要求したのだ。
「我が国には、強力な近衛兵団も魔術師団もある。警備には微塵の隙も無い!怪盗など侵入出来る筈がないのだ」
国王は断言した。
帝国とはあくまでも同盟関係であり、《精霊石》は自国に所有権のあるものである……国宝を手渡すなどあり得ない、と国王は言いたいのだ。
それを理解しつつ、使者はこう進言する。
「既に、怪盗ジェインは2つの精霊石を所有しているのです。もし扱う事までも可能ならば……間違いなく、ファトムス王国も精霊石を失う事となるでしょう」
「そんな事はあり得ない!我が魔術師団の『結界』は完璧である。国宝の在り方でさえ、知る者は限られておる!」
国王は、使者の忠告を侮辱と受け取った。
「我が国を何と心得る‼︎帝国と歴史を同じくするファトムス王国であるぞ‼︎同盟関係とはいえ、我が国最大の宝にまで口出しされる筋合いは無い‼︎」
「しかし……」
「ならば証明してみせよう!我が国の力で、怪盗ジェインとやらを捕らえてくれるわ」
「!」
「皇帝に伝えよ‼︎怪盗ジェインは捕らえ、二国の国宝も取り戻して見せよう。但しその暁には、我が国を対等な同盟関係であると認めてもらうと!」
使者は、恭しく国王へと頭を下げる。
「一言一句、違える事なく伝えましょう」