第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
俺はどっちのことも
詳しいことは全然、わからないけど、
母さんも綾ちゃんも、
好きな男と生きていきたくて、
選んだ道を歩いたはずなのに。
一緒にいられなくても
不幸そうな顔をしないのは、多分、
自分で決めたことへの、意地と覚悟。
女にそんな強さを持たせてしまう
男…俺の父親とか、
綾ちゃんの元ダンナとか…って
なんか、同じ男として許せねぇ気がする。
けど、母さんは、そんなこと
チラリとも思っていない顔で。
『たこ焼き、最後の一個、食べる?』
まぁるいたこ焼きを
俺の前に突き出した。
『いらない。』
『そ?じゃ、食べちゃうよ。
…あぁ、寝る前なのにお腹いっぱい!』
さっと立ち上がって片付けながら、
『じゃあ、そういうことで、
進路のことは先生とよく相談してね。
くれぐれも、親に遠慮は無用。約束よ?』
『うん。』
『さぁて。
思春期の息子とも久々にたっぷり語れて
気分がいいわぁ。先に寝るわね。』
…歯を磨いて爽やかな香りをさせながら
寝室に入っていく母さん。
大事なことをたくさん話したはずなのに
いつもと何も変わらない顔で。
俺としては
いろいろ納得いかない気持ちもあるけど、
一つだけ、言いたいことがある。
『あのさ…俺、とりあえず、
受験の前に、春高の県代表、目指すから。』
『ん?』
『春高、会場、東京だし。
もしかしたら、テレビ、写るかもだし。』
プロとか日本代表には
俺、とてもなれないけど、
最後のチャンスの春高なら。
及川達と一緒にコートに立つ姿なら、
その人…会ったことのない父親…に、
見てもらってもいいかな、なんて。
言葉の意味を察した母は、
嬉しそうに頷いた。
『一静…ありがと。
応援、行くから。頑張ってね!』
高校三年。
どんなに口答えしたって、
まだ、親に見守られてばっかりで、
せいぜい、高校生らしく、
部活頑張るくらいしか、出来ない。
…母親の友達に欲情するなんて、
大した裏切りだよな。
さっき綾ちゃんにキスしかけたのが
未遂で終わってて、ホントによかった。
この時は、確かにそう思ったんだ。
…"理性で制御できない気持ち"を
まだ、知らなかったから。