第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『ね、綾ちゃん、』
『ん?』
『俺、就職した方がいいのかな?』
『なんで?』
『…大学も専門学校も、
高校より、金、かかるだろ?』
『進路のポイントは、そこなのね。』
『母さんってさ、』
牛丼をかきこみながら、
綾ちゃんの顔を見ないで言う。
…目を見て聞く勇気が、ない。
『その人と、まだつきあいあんの?』
『その人ってのは、』
『俺の、父親。』
ずっと気になってたけど、
母親にはなかなか聞けなかった。
多分、つきあいがあるのは
間違いないとは思うけど、
それは、
俺に対する"養育の義務"なのか
それとも"過去の縁の延長"なのか
それとも"今でも特別な間柄"なのか、
つまり、
金か、情か、愛か。
『いっちゃん、いろいろ考えてんのね。』
『だって、そうだろ?
私立の高校まで行かせてもらったけど、
こっから先は、俺も働けるわけだし。
もし、金とか情のつきあいなら、
もう、俺のことは気にしないで、
母さんの好きにさせてやりたいじゃん。』
『ねぇ、いっちゃん、
お金のことは私にはわからないけど、』
綾ちゃんは、
しっかりと俺を見て言う。
なんとなく、箸が止まる。
ちゃんと聞かなくちゃいけない気がして。
『いっちゃんは、
ずーっと、すごく愛されてるから。
そりゃ、普通の家庭とは
ちょっと違うかもしれないけど、』
一呼吸。
今度は綾ちゃんが
俺から目をそらした。
『どうしてかな、
男と女とか、家族とかって、
一緒にいればいいってものでもないのよねぇ。
みんな最初は
好きあって一緒になったはずなのに。
"一緒になりたい"って想いが叶うと、
人は欲張りになっちゃうのかしら?』
…思い出したくないことを
思い出してしまったような顔。
『なんか、ごめん。』
『違う違う、私こそ、ごめんね。
テーマは"愛"じゃなくて"進路"だった!
…おかわり、いる?』
綾ちゃんは、
俺のおかわりを準備しながら、
すごく普通に言った。
『とにかく、
いっちゃんは静に気を遣いすぎ。
静にちゃんと話してみなさい。
静は、大丈夫じゃないときは
ちゃんと大丈夫じゃないって言うわよ。
…静、なかなかやり手の経営者だし、
いっちゃんのことも考えてるから。
つまんない遠慮は、一番、静が悲しむ。』