第1章 2人の距離
しばらく考えて出た言葉は「そうですか…。」
いつもの私と比べてかなり冷たい言い方だった。
それでも掴んだ腕は離してくれなくて二宮さんは急に思いついたように
「ちょっと付き合ってくんない?…これ。」
そう言って指を2本合わせて口に当てたり離したりした。
居酒屋の喫煙所には幸いにも誰も居なかった。
部屋でも吸えるから当然だろう。
二宮さんは煙草を取り出し、私に軽く煙草を掲げて見せ失礼しますと言って火を付けた。
フゥゥっと二宮さんの口から吐き出される煙をボォーッと見ているとフフッと笑っていた。
「…由梨ちゃん煙草吸わないの?」
突然名前だ。と思いながらも差し出された一本の煙草を拒否した。
「…私、吸わないんで。」
そう言うとそっかー。と煙草をしまいこみ自分の分を美味しそうに吸っていた。
二宮さんは特に何を聞くでもなく、無言で煙草を吸い、たまにチラッと私を見て目が合うとフッと笑って視線を外す。
何処まで見られてしまったのだろう。
ヒロトが出て行ったところ?
それとも肩を掴まれてトイレに引きずり込まれたところ?
でもこれを聞いてしまうともし仮に二宮さんが何も見ていなかった時に何て言って誤魔化せば良いかわからない。
もんもんと考えていると突然二宮さんがポンポンと頭を撫でて来た。
「…すごい。出てるよ、顔に」
何が?と視線を向けると少しまた笑って
「色々聞きたい事ありそうだけど。」
そう言われたので緊張が走った。
この言い方。
多分見てる。どこまでかは分からないけど恐らく事が把握できるくらいは見ていた、或いは聞いていたのかも。
また背中に冷や汗が垂れた。
今すぐこの場から逃げたくてギュっと拳を握りしめて俯いていると隣で壁に寄りかかりながらドサッとしゃがんで私の手をそっと包み込んだ。
「…この手。商売道具でしょ?」
そう言ってゆっくりと拳を開いて優しく手のひらを撫でてきた。
手のひらには少し爪が食い込んで赤くなっていた。
しばらく撫でられていると何故だか安心してしまって笑いが込み上げてきた。
クスっと笑って二宮さんと同じように隣にしゃがんだ。
「…ありがとうございます。」
今言えることはこれだけだった。
そんな私に二宮さんは、いえいえどーも。と半分棒読みで返して来てまたフフッと笑った。